細野透の「赤信号・黄信号・青信号」 不定期
細野 透

[第1号]住友不動産の「青田売り」プラス「完成売り」という手法

2017年03月05日

「赤信号」「黄信号」「青信号」とは何?

 

 建築&住宅ジャーナリストの細野透です。新たに「住まいサーフィン」に記事を寄稿することになりました。まず簡単に自己紹介。

 

 私は建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動しています。マンションに関しては「日経産業新聞──目利きが斬る欄」に、月に1回のペースで、新たに発売されるマンションを評価する記事を執筆。ほかに複数のインターネットメディアに記事を寄稿しています。

 

 一級建築士であるのに加えて、建築の構造で工学博士の学位を取得したため、「耐震偽装」や「傾斜マンション」など大きな事件が発生すると、新聞・雑誌・テレビ各局から多数の取材を受けます。このうち横浜の傾斜マンション事件では、管理組合から依頼されて、総会で「今後どうすればいいのか」を講演させてもらいました。

 

 本コラムのタイトルは「赤信号」「黄信号」「青信号」と名付けました。

01:信号機

 熊本地震で多数のマンションを損壊させた「地域係数Zの悲劇」

  → これは赤信号に相当するテーマになります。

 

 超高層マンションの「エレベーター待ち時間」を、誰も答えられない複雑な事情

  → これは黄信号。立ち止まって理由を考えなければならないテーマです。

 

 京都「田の字地区」の高級マンションを誰が買うのか 

  → これは青信号。気軽に読める記事です。

 

 このコラムでは社会の動きを見ながら、「赤信号」「黄信号」「青信号」の記事を書き分けていく予定です。

 

住友不動産を日本一にした販売手法

 

 第1回のテーマは、住友不動産の「青田売り」プラス「完成売り」という手法、にしました。

 

 新築マンションを販売する方法は大きく2種類に分かれます。建物が完成する前に完売を目指す「青田売り」と、完成してから販売を開始する「完成売り(在庫売り)」です。

 

 ユーザーの立場からすると、本来は、完成したマンションを自分の目で確認できる「完成売り(在庫売り)」の方が好ましいとされています。一方、マンション会社の立場からすると、事業資金をスムースに回転させる都合上、完成前に完売して在庫を持たないのが望ましいことになります。そのため、ほとんどの会社が「青田売り」を選択しています。

02:農家の米の売り方

 しかし、住友不動産だけは「青田売り」プラス「完成売り」という、両者を併用した独自の販売スタイルを採用しています。これは「早く売ることだけを目標にする」のではなく、「希望するユーザーには実物をきちんと見てもらって、納得してもらう」という考え方です。そのため事業計画としては、完成してから大体1年くらいの期間内に、全戸を売り切ることを目標にしています。

 

 同社が「青田売り」プラス「完成売り」を採用したのは、超高層マンションが増えてきた2000年頃でした。そして2014年には、全国で6308戸のマンションを供給(発売)して、不動産経済研究所「マンション全国供給ランキング」で初めて日本一の座に着きました。続く2015年と2016年もまた日本一の座を維持しました。

 

9年かけて完売した「ワールドシティタワーズ」

 

 住友不動産の「青田売り」プラス「完成売り」を語るとき、必ず触れなければならないのが、東京都港区港南4丁目に建つ「ワールドシティタワーズ」です。このマンションは、2004年2月に着工し、2007年2月に竣工しました。「アクアタワー」、「ブリーズタワー」、「キャピタルタワー」の3棟で構成され、42階建、全2090戸。この戸数は、単一事業主による民間分譲マンションとして、日本最大級の規模を誇るものでした。

 

 「ワールドシティタワーズ」の販売は、2004年に開始され、2012年8月に終了しました。完売するまでに、実に9年間もかかっています。

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「ワールドシティタワーズ」。京浜運河沿いに建つ

 

 このマンションで、同社は「価格の微調整は行うが、値引きは行わない」姿勢を貫きました。注目したいのは、不動産マーケティングの「アトラクターズ・ラボ(現スタイルアクト)」が、2011年10月に発表した、「首都圏分譲年別代表物件の中古騰落率」です。

 

 これは、「新築時の住戸価格」と「2011年に売り出された住戸の現在価格(中古価格)」を突き合わせて、新築時からの騰落率(=中古価格÷新築価格)を算出したものです。

 

 「ワールドシティタワーズ」の数字を示しましょう。

 事例数─529件

 新築時(2004年)単価─77万円/平米(254万円/坪)

 想定成約(2011年)単価─82万円/平米(270万円/坪)

 平均騰落率─7.1%

 

 要するに、マンションの「完成売り」を続けている最中に、既に販売済みの住戸の資産価値が上昇し続けていたのです。

 

「シティタワー梅田東」で完成売りを開始

 

 住友不動産は現在、大阪の梅田周辺で、今年1月から超高層マンション「シティタワー梅田東」の完成売りを開始すると同時に、3月からはそこから南に約1キロ離れた場所で「シティタワー東梅田パークフロント」の青田売りも開始する予定です。

 

 このうち「シティタワー梅田東」は、ほぼ全住戸がワイドスパンになっているほか、敷地面積の半分以上を公開空地(緑の空間)とし、さらに42階に大規模なスカイラウンジとスカイアトリウムを設置しています。

 

 最近、各メディアを対象にした竣工内覧会が開催され、私もスカイラウンジから見える梅田の超高層ビル群に目を奪われました。

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夜のスカイラウンジ(実物)

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夜のスカイアトリウム(実物)

 

【シティタワー梅田東の概要】

 所在地─大阪市北区本庄西1丁目

 規模─地上44階、全501戸

 売主─住友不動産、パナホーム

 設計・施工─清水建設

 完成─2016年10月

 販売─2017年1月から第5次販売を実施

 

「シティタワー東梅田パークフロント」の青田売りを開始

 

 竣工内覧会が終わった後に、新たに販売される「シティタワー東梅田パークフロント」を取材するため、次に総合マンションギャラリー梅田館を訪ねました。このマンションは、ほぼ全住戸がワイドスパンになっている、近くに扇町公園と野崎公園がある、29階に大規模なスカイラウンジとスカイアトリウムがある──など、「シティタワー梅田東」との共通点が数多くあります。

 

【シティタワー東梅田パークフロントの概要】

 所在地─大阪市北区野崎町

 規模─地上30階、全490戸

 売主─住友不動産

 設計・施工─前田建設

 完成─2019年1月予定

 販売─2017年2月下旬から第1次販売を開始

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凹凸の多いシャープな外観(完成予想図)

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エントランスホール(完成予想図)

 

 換言すると、まずマンションギャラリーで現在工事中の「シティタワー東梅田パークフロント」の説明を受けた後に、完成済みの「シティタワー梅田東」を見学すれば、マンションの特徴を深く理解することが可能です。すなわち、「シティタワー梅田東」は、いわば“教材”としての役割も果たすことになるのです。

 

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細野 透(ほその・とおる)
建築&住宅ジャ─ナリスト。
 
 建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。
 
 著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。