●●●「街づくり物件」は基本的に“買い”
新築される分譲マンションのうち、自治体が主導する「都市再開発」や「街づくり計画」に伴って建設される物件は、基本的に“買い”とされています。再開発や街づくりによって地域の魅力が高まれば、マンションの資産価値も向上するためです。
NTT都市開発、安田不動産、ファーストコーポレーションの3社が、東京都新宿区大久保3丁目に建設中のマンション「ウエリス新宿早稲田の森」(地上13階、184戸)も、その格言が当てはまる物件です。
「ウエリス新宿早稲田の森」外観(完成予想図、データはすべてNTT都市開発の提供)
東京メトロ副都心線「西早稲田」駅からは徒歩3分、また都営大江戸線「東新宿」駅からは徒歩6分。さらに伊勢丹新宿店まで約1.5キロなので、新宿の中心部が徒歩圏です。
「ウエリス新宿早稲田の森」案内図
2006年にまず早稲田大学を中心とした研究会が、「早稲田の森」の提案を発表し、対象地域に3つのコンセプトを導入しました。
(1)門と塀をなくする。
(2)緑を増やす。
(3)歩きたくなる街にする。
次いで、新宿区が2007年に「新宿区都市マスタープラン」を改定。そして、2010年に上記のコンセプトを反映させた「西早稲田駅周辺地区街づくり構想」を策定しました。
「ウエリス新宿早稲田の森」の敷地にはかつて、厚生労働省の社宅があり、後に財務省の管轄に移されました。「街づくり構想」が策定された後、ファーストコーポレーションがその土地を入手。NTT都市開発、安田不動産、ファーストコーポレーションの3社がJVを組んで、新築マンションを建設することになりました。
ファーストコーポレーションは東証1部に上場されている、マンションを専門とする建設会社です。2011年に設立されたばかりの会社なので知名度は低いのですが、中堅デベロッパーのマンションを中心にして、施工実績はすでに50棟を超えています。いわば長谷工コーポレーションの小型版みたいな会社です。
●●●価格決定に慎重を期すNTT都市開発
この物件が仮に昨年(2016年)のうちに販売されたとすると、住戸の価格はかなり高めになったと予想されます。しかし昨年は、マンションの価格が高くなりすぎたため、首都圏では実際問題として新築マンションの販売が振るいませんでした。その結果、年間契約率は68.8%と、前年(2015年)に比べて5.7ポイントも低下。好不況の目安とされる70%という数字を、リーマン・ショック後の2009年以来7年ぶりに下回りました。
すると、基本的に“買い”とされる都心の「街づくり物件」にさえ、次のような影響が出てしまうのです。販売スケジュールを見ながら説明しましょう。
着工──2016年10月
公式ウェブサイト開設──2016年11月
モデルルームオープン──2017年3月(予定)
第1期販売──2017年ゴールデンウィーク前後(予定)
価格の決定──第1期販売の直前
竣工予定──2018年6月
完売目標時期──2018年8月
NTT都市開発の担当者は次のように話しています。「公式ウェブサイトを開設した段階では、住戸の予定価格や平均坪単価はまだ決めていませんでした」。
それでは、どうやって、いつ頃までに価格を決めるのでしょうか。「資料請求や来場予約などへの反響に加えて、実際にモデルルームに来場したユーザーから予算を聞いて、慎重に検討。第1期販売が始まる前までに価格を決める方針です」
すなわち、デベロッパーとユーザーとが、長い“お見合い期間”を経た後に、やっと価格が決まるのです。
また、「いつ頃までに完売したいですか?」と聞くと、「竣工から2カ月くらいで完売したいと考えています」という、慎重な答えが返ってきました。すなわち“お見合い期間”が長引くだけではなく、“販売期間”も長引くのです。
実は、これはNTT都市開発の「ウエリス新宿早稲田の森」だけではなく、首都圏で販売される主な分譲マンションに共通する現象です。
「ウエリス新宿早稲田の森」のモデルルーム
●●●価格の決定に時間がかかる3つの理由
予定販売価格の決定に、なぜ時間がかかるのでしょうか。それには大きく3つの理由があります。
そもそもマンションの価格は、不動産バブルが崩壊した1990年代前半頃から、原価(土地代と建築費)で決まるのではなく、購入者が実際に受け入れられる実勢価格で決まるようになってきました。つまり、購入者のフトコロ事情を調べてから、価格を決めるのです。
2つめの理由は、建築費が大幅にアップし続けていることです。アップ額に関しては各種の数字がありますが、ざっくりいうと、2011年3月に発生した東日本大震災直前の建築費を100とすると、2016年末には約35%増の135くらいになっています。その一方では、アベノミクスが多少貢献したとはいえ、購入者の年収は余り増えていません。
3つめの理由は、マンションの価格が高くなりすぎたとして、首都圏では昨年(2016年)、新築マンションの販売が不振に陥ったことです。
すると、どうなるのでしょうか。マンション各社は本音ベースでは、プロジェクト利益を確保するために、土地代と建築費がアップした分だけ販売価格を上げたいと考えています。しかし、価格を上げた結果、売れ行きが落ち込んでしまうと、マンション市場全体がさらに冷え込んでしまう怖れもあります。
「価格を上げたい」。「しかし売れなかったら困る」。「もっと顧客の声を聞かなければならない」──。こんな感じの堂堂巡りが続いて、デベロッパーとユーザーの “お見合い期間”が長引いてしまうのです。
●●●1階の共用部に「11種類ものスペース」
「ウエリス新宿早稲田の森」の最大の特徴は、「西早稲田駅周辺地区街づくり構想」のコンセプトに基づいて、1階の共用部に「11種類もの空間」を用意したことです。
(1)エントランスホール。左右に個性的な空間が広がる。
(2)迎賓の場。「知の泉」に臨む、ガラスに囲まれたエリア。
(3)交流の場。ソファのあるコミュニティ空間。
(4)創造の場。外の緑を眺められる書斎的空間。
(5)パーティールーム。
(6)ゲストルーム。宿泊が可能。
(7)コンシェルジュカウンタ−。
(8)ライブラリー。
(9)カフェ。「Mi Cafeto/ミカフェート」のコーヒーサービスを導入。
(10)シンボルアート。
(11)知の泉。玉砂利と水を組み合わせた空間。
これは、街の雰囲気をマンション内にも取り込もうとする、独創的な試みです。
1階共用部の断面図(完成予想図)。ここに「11種類の空間」がある
1階のエントランスホール(完成予想図)。断面図と見比べると分かりやすい
NTTの前身は、日本電信電話公社です。建築専門家はかつて日本電信電話建築局、日建設計、三菱地所設計部の3者を、「安全で安心できる設計と、丁寧な監理を行う、堅実な設計事務所」として高く評価していました。NTT都市開発のスタッフは、「その遺伝子は当社の中に、現在でもしっかり根付いています」と強調しています。
【ウエリス新宿早稲田の森の概要】
所在地─東京都新宿区大久保3丁目
規模─地上13階、全184戸
売主─NTT都市開発、安田不動産、ファーストコーポレーション
設計・施工─ファーストコーポレーション
完成予定─2018年6月
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細野 透(ほその・とおる)
建築&住宅ジャ─ナリスト。
建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。
著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。