●●●「旧ファミリアホール」の外壁を保存・復元
三菱地所レジデンスなど4社は、神戸市中央区相生町1丁目に建設中の分譲マンション、「ザ・パークハウス神戸タワー」の第1期登録を4月7日から15日まで受け付けます。
神戸市が「景観形成重要建築物」に指定した、石造3階建ての「旧三菱合資会社神戸支店(後のファミリアホール)」をいったん解体。新たに地上33階・総戸数352戸の超高層棟を建設して、その基壇部に旧建物の外壁を復元するプロジェクトです。
JR東海道線「神戸駅」から徒歩5分、神戸元町商店街まで徒歩2分など立地の良さも加わって、「今年の目玉物件」として広い関心を集めています。
住戸の専有面積は約42〜約155平方メートル、販売価格は2828万円〜2億4808万円です。
そこまではいいのですが、建物のカテゴリー(分類・ジャンル)について説明しようとすると、途端に「・・・」という感じになってしまいます。この「・・・」とは、適切な「呼び名」が存在しないため、話が進みにくいという意味です。
「ザ・パークハウス神戸タワー」。超高層棟の基壇部に「旧ファミリアホール」の外壁を保存・復元する(画像データはすべて三菱地所レジデンスの提供)
現地案内図。JR東海道本線「神戸駅」、地下鉄「みなと元町駅」、神戸元町商店街などに近い
●●●5つの「呼び名」候補
完成予想写真を見てください(下図)。地上部に「タワーマンション」すなわち「超高層ビル」が建ち、その基壇部に「旧ファミリアホールの外壁」が復元されています。
「ザ・パークハウス神戸タワー」全景
こういう建物の形式を、何と呼ぶかご存知でしょうか。実は「墓石型ビル」「腰巻ビル」「かさぶたビル」「新旧融合ビル」「新旧合体ビル」という5つの「呼び名」が存在します。
ちなみに、「Google」で検索すると、次のような結果が得られます(検索件数の順に表示。なお、検索件数は、検索する日時によって微妙に変化します)。
A「墓石型ビル」──40万7000件がヒット。
B「腰巻ビル(腰巻きビル)」──13万7000件がヒット。
C「かさぶたビル」──12万3000件がヒット。
D「新旧融合ビル」──6万300件がヒット。
E「新旧合体ビル」──4万3000件がヒット。
この5つの「呼び名」について、詳しく説明していきましょう。
●●●イメージが悪い「墓石型ビル」、からかい混じりの「腰巻ビル」
A「墓石型ビル」──お墓は平らな横石の上に、縦長の石塔(墓石)を載せた形です。それゆえに、「歴史的建造物」の上に「高層ビル」を載せた形を、墓石に見立てたと思われます。しかし、墓石型ビルではさすがにイメージが悪いため、関係者はこの「呼び名」を嫌がります。
B「腰巻ビル(腰巻きビル)」──ずいぶんユニークな「呼び名」ですね。まず腰巻(腰巻き)について説明しなければなりません。こういうときは辞書の出番です。『デジタル大辞泉』を引用しましょう。
(1)女性が和装するとき、下着として腰から脚にかけて、じかに肌にまとう布。ゆもじ。おこし。
(2)中世以降、武家の女性や宮中の下仕えの女官が、夏に小袖の上につけて肩脱ぎとして腰から下に巻きつけた衣服。江戸時代、武家の上級の女性が類似のものを礼装として用いた。
(3)能楽の女装束の着方の一。また、その装束の名。着付けの上から縫箔(ぬいはく)の小袖を腰に巻くように着て、両袖は手を通さないで後ろに垂らすもの。「羽衣(はごろも)」などで用いる。
(4)兜(かぶと)の錏(しころ)と鉢との接続する部分。
(5)土蔵の外回りの下部の、特に土を厚く塗った部分。
(6)書籍やその箱の下部に巻き付けてある紙。帯。
このうち(1)(2)(3)は、「腰巻とは女性が腰に巻きつける布や衣服である」と述べています。そのため、多くの人がからかい混じりに、次のように解釈しているようです。
しかし、この解釈は間違っています。実際には次の解釈が正解です。
ただし、解釈2にふさわしい「呼び名」が確立していないため、とりあえず「XXビル」としておきました。
●●●悪意の「かさぶたビル」、微妙に違う「新旧融合ビル」と「新旧合体ビル」
C「かさぶたビル」──かさぶたを漢字で書くと「瘡蓋」となります。その意味は、「はれもの・きずなどが直るに従って、その上にできる皮」。要するに、「高層ビル」の基壇部を取り囲む「歴史的建造物」の外壁を「かさぶた」に見立てていることになります。
相手を「軽蔑した」あるいは「馬鹿にした」感じの「呼び名」です。こんな名前で呼ばれたら、関係者はつらいでしょうね。
D「新旧融合ビル」──旧建物(歴史的建造物)と新建物(高層ビル)が、デザイン的に融合している場合に使われるようです。すなわちデザイン的に高く評価した場合の「呼び名」です。
E「新旧合体ビル」──旧建物(歴史的建造物)と新建物(高層ビル)が、合体している事実に注目しています。ただし「新旧融合ビル」とは違って、デザイン的な評価には触れていません。
さて、「ザ・パークハウス神戸タワー」には、「墓石型ビル」、「腰巻ビル」、「かさぶたビル」、「新旧融合ビル」、「新旧合体ビル」のうち、どの「呼び名」がふさわしいのでしょうか。
私は「新旧融合ビル」がふさわしいと判断しています。以下、その根拠を示すことにしましょう。
基壇部に重厚な「旧ファミリアホールの外壁」を復元。一方、新築するタワー部には「シャープな水平ライン」を重ねている
●●●「旧三菱合資会社神戸支店(後のファミリアホール)」の歴史
まず「旧三菱合資会社神戸支店(後のファミリアホール)」の歴史を振り返ります。
1868年(明治元年)──神戸開港。
1900年(明治33年)──ルネサンス様式建築の「三菱合資会社神戸支店」が竣工。設計者の曽禰達三は、工部大学校(東京大学工学部の前身)の出身で、日本人建築家の第1期生。後に三菱社に入社し、東京・丸の内の赤レンガ街を手がけたことで知られる。
1919年(大正8年)──建物名を「三菱銀行神戸支店」に変更。
1977年(昭和52年)──建物と敷地をアパレルメーカーのファミリアが購入。1階フロアを多目的ホール(ファミリアホール)に改装して公開し、多くの人に愛された。
2000年(平成12年)──神戸市が「景観形成重要建築物」に指定。
旧ファミリアホールの外観
旧ファミリアホールの内部
そして今回、三菱地所レジデンスなど4社が「ザ・パークハウス神戸タワー」を建設することになりました。設計・施工を依頼された大林組は、発注者の意図を尊重して、設計の主テーマを「新旧の建築美の融合」としました。
具体的にいうと、基壇部に重厚な「旧ファミリアホールの外壁」を復元し、新築するタワー部は「シャープな水平ライン」を重ねる、スタイリッシュなデザインにしたのです。
これが「新旧融合ビル」という「呼び名」がふさわしいと判断した第1の理由です。
●●●外壁の石材を「生け捕り」にする
工事は次の順番で進めます。
(1)「旧ファミリアホール」の設計図を作成する。
石造3階建ての「旧ファミリアホール」の外壁を復元するためには、その設計図が必要です。しかし、建設当時の資料が残っていないため、新たに設計図を描かなければなりません。
レーザーで「旧ファミリアホール」を精密に測定し、「BIM」と呼ばれる最新技術で建物の3次元モデルを作成し・・・、という具合です。この作業だけで実に3ヵ月もかかったそうです。
(2)石造の「旧ファミリアホール」をいったん解体する。
解体作業では「生け捕り」という手法を採用しました。動物園で飼育するため鳥や獣を捕獲するときには、傷付けないように慎重を期さなければなりません。それと同じ要領です。
外壁の石材などをひとつひとつ丁寧に取り外し、岐阜県関ヶ原町の作業場に運び、石材に付着しているモルタルを手作業で取り除き、洗浄したり、保護剤を塗布したり・・・。石材などの数は実に5327点になったそうです。
解体風景。ひとつひとつ丁寧に
岐阜県関ヶ原町の作業場
(3)新たに超高層棟を建設する。
(4)超高層棟の基壇部に、旧建物の外壁を復元し、その内部をエントランスホールとして使用する。
外壁は元の石材で復元します。またホールの内部には、半円形のアーチ、柱頭部の装飾、金庫の扉など意匠美に富んだパーツも使用します。
エントランスホール。クラシカルな雰囲気が漂う
エレベーターホール。正面にある「金庫の扉」が目を引く
このように、「旧ファミリアホール」と「新しい超高層ビル」をデザイン的に融合させるために、とても手間暇をかけていることが分かります。これが「新旧融合ビル」という「呼び名」がふさわしいと判断する第2の理由です。
●●●第3の理由、第4の理由
「ザ・パークハウス神戸タワー」を「新旧融合ビル」と呼びたい第3の理由は、都市計画法の問題です。これは話が少し難しくなります。
都市計画法は、「重要な歴史的建造物等を保存する場合、『特定街区制度』を活用すれば、敷地内の容積率の緩和が可能」、あるいは「隣地からの容積率の移転が可能」などと定めています。
しかし記者発表の席で、三菱地所レジデンスの担当者は私の質問に対して、「ザ・パークハウス神戸タワーでは、神戸市の景観形成重要建築物であることを理由に、容積率の緩和を受けることはしなかった」と回答しています。
いわゆる「腰巻ビル」は、容積率を緩和してもらうゆえに「純粋ではない」としてからかわれることがありますが、それとは大違いです。潔いですね。
第4の理由は、マンションを購入しようとしている人たちの評価です。「ザ・パークハウス神戸タワー」はJR東海道本線「神戸駅」を初めとして5路線7駅を利用できるほか、神戸元町商店街へ近いなど立地の良さが際立っています。
それにもかかわらず、マンションを購入しようとしている人たちが最も評価しているのが、「市民に愛された建築を保存・復元するプロジェクトである」ということなそうです。
このように「ザ・パークハウス神戸タワー」は、明らかに「墓石型ビル」「腰巻ビル」「かさぶたビル」ではありません。また、単なる「新旧合体ビル」でもありません。
敷地西側の「エアリーパーク」。「生け捕り」したレンガの一部を使ったオブジェを設置している
●●●新海誠監督の映画『君の名は。』
マンションのモデルルームにあるシアターで、「保存・復元プロジェクト」をテーマにした迫力にあふれるビデオを鑑賞しているとき、新海誠監督の映画『君の名は。』を連想させるシーンが目に焼き付きました。
旧建物の外壁を復元するため、超高層棟の基壇部に白い石材を貼り付ける作業を、高速でコマ送りする画像が、映画『君の名は。』で空から流れ星が降ってくるシーンと似た感じなのです。
そのため私の心に「カチッ」とスイッチが入り、思わず「ザ・パークハウス神戸タワー」に問いかけていました。
『君の名は?』
すると、そっとささやくような声が聞こえてきました。
『新旧融合ビルですよ』
夜景。旧建物を行灯(あんどん)のような暖かい光が包み、超高層棟をクールな光が照らす
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細野 透(ほその・とおる)
建築&住宅ジャ─ナリスト。
建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。
著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。