●●●昨2019年10月「武蔵小杉に立つタワマンが浸水」
昨2019年10月から本2020年7月にかけて、「マンション電気設備の浸水対策ガイドライン」の必要性を強く感じさせる、大きな出来事が続きました。
まず2019年10月12日、日本列島を襲った巨大な台風19号によって、「武蔵小杉」に立つタワーマンションが大きなダメージを受けました。
台風に伴う豪雨のため、街の東側を流れる多摩川が一気に増水。その影響で多摩川の水が排水管を逆流して、武蔵小杉駅周辺の低地に噴き出てしまったのです。
噴き出た水は、武蔵小杉駅近くのタワマン(47階建て、643戸)の地下に流入。それにより、マンションの地下にあった配電盤が故障して、停電が発生。そのため多くの住戸で、電気・水道・下水道を使用できなくなり、エレベーターもストップしてしまいました。下の図のような感じですね。
(図は国土交通省「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」から引用)
特に苦労したのは、エレベーターを利用できなくなった、高層階の住民です。各テレビ局が紹介する、「自分の足で階段を上がり下がりしていると、苦しくて、足がつりそうになってしまいます」、と話す住民の声が印象的でした。
●●●2020年6月「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」まとまる
武蔵小杉のタワマン浸水事件を受けて、国交省は「建築物における電気設備の浸水対策のあり方に関する検討会」を設置。2019年11月27日に、「第1回検討会」を開催しました。
さらに2019年12月19日に「第2回検討会」、2020年2月18日に「第3回検討会」、2020年6月1日に「第4回検討会」を開催。
そして2020年6月19日に、国土交通省住宅局建築指導課が次のような発表を行いました(経済産業省と同時発表)。
「洪水等の発生時における機能継続に向けた対策を提示した、建築物における電気設備の浸水対策ガイドラインをとりまとめました──」。
「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン(概要)」
URL<https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/content/001349326.pdf>
「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン(本体)」
URL<https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/content/001349327.pdf>
ただし、このガイドラインの存在は意外に知られていません。それは関係者のほとんどが、「新型コロナ問題」に気を取られて「ガイドラインを見逃してしまった」、あるいは「じっくり読み込む時間を持てなかった」ためと思われます。
●●●2020年7月「九州各地や中部地方で相次ぐ水害」
そうしているうちに今度は、2020年7月4日に、熊本県「球磨川」の流域で豪雨による「大規模な水害」が発生。周辺地域に死者数十人以上という大きな被害をもたらしました。
その直後の7月7日、今度は阿蘇山を水源として、九州地方北部を東から西に熊本・大分・福岡・佐賀の4県を流れて有明海に注ぐ、「筑後川」の上中流部に位置する大分県日田市周辺で「大きな水害」が発生しました。
さらに7月8日には、岐阜県を流れる「飛騨川」の流域でも、「大きな水害」が発生しました。
その後も、梅雨前線は日本列島の各地で猛威を振るっています。このように、相次ぐ深刻な水害に気をとられて、「ガイドラインどころではない」というのが実情かもしれません。
●●●「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」の詳細
しかしながら、そういう水害からマンションを守るためにも、なるべく早く、この「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」を普及・定着させる必要があります。
そこで今回は、「ガイドラインが持つ意味」を、掘り下げてみたいと思います。
■■「その1──適用範囲」
①高圧受変電設備等の設置が必要な建築物
②新築時、既存建築物の改修時等に適用
この①②の意味を把握するためには、次の図をじっくり眺めてもらった方がいいかもしれません。
(図は「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」から引用)
要点1──「高圧受変電設備、非常用発電機、蓄電池、太陽光発電設備」などの電気設備を、屋上に設置する。
要点2──「受水槽、雑用水槽」用のポンプ類、動力盤を高い位置に設置する。
要点3──1階床面を、「設定浸水深=GL(グラウンドレベル)+0.3m」より高い位置にする。
■■「その2──目標水準の設定」
①建築主や所有者・管理者は、専門技術者のサポートを受けて、目標水準を設定する。
②以下の事項を調査し、機能継続の必要性を勘案し、想定される浸水深や浸水継続時間等を踏まえ、浸水規模を設定する。
◇「国、地方公共団体が指定・公表する浸水想定区域」
◇「市町村のハザードマップ」
平均して1000年に1度の割合で発生する洪水を想定
◇「地形図等の地形情報」
敷地の詳細な浸水リスク等を把握
◇「過去最大降雨、浸水実績等」
比較的高い頻度で発生する洪水等を考慮
◇「設定した浸水規模に対し、機能継続に必要な浸水対策の目標水準を設定」
建築物内における浸水を防止する部分(例─居住エリア)を選定
■■「その3──浸水対策の具体的取組み」
設定した目標水準と個々の対象建築物の状況を踏まえ、以下の対策を総合的に実施する。
①浸水リスクの低い場所に電気設備を設置
電気設備は上階に設置
②対象建築物内への浸水を防止する対策
建築物の外周等に「水防ライン」を設定した上で、
ライン上の全ての浸水経路に一体的に以下の対策を実施
◇「出入口等における浸水対策」
マウンドアップ
止水板、防水扉、土嚢の設置
◇「開口部における浸水対策」
からぼりの周囲への止水板等の設置
換気口等の開口部の高い位置への設置等
◇「逆流・溢水対策」
下水道からの逆流防止措置(例─バルブ設置)
貯留槽からの浸水防止措置(例─マンホールの密閉措置)
③電気設備設置室等への浸水を防止する対策
水防ライン内で浸水が発生した場合を想定し、以下の対策を実施
◇「区画レベルでの対策」
防水扉の設置等による防水区画の形成
配管の貫通部等への止水処理材の充填
◇「電気設備に関する対策」
電気設備の設置場所の嵩上げ
耐水性の高い電気設備の採用
◇「浸水量の低減に係る対策」
水防ライン内の雨水等を流入させる貯留槽の設置
■■「その4──電気設備の早期復旧のための対策」
想定以上の洪水等の発生による、電気設備の浸水に関して以下の対策を実施する。
①平時の取組
所有者・管理者、電気設備関係者の連絡体制整備
設備関係図面の整備等
②発災時・発災後の取組
排水作業、清掃・点検・復旧方法の検討
復旧作業の実施等
●●●国交省・新ガイドラインの受け止め方
マンションの耐震性能を判別する方法として、広く普及しているのが「旧耐震物件」「新耐震物件」という見分け方です。
地球温暖化によって洪水が増えている日本では今後、それに加えて、「電気設備の浸水対策ガイドライン・採用物件(=新耐水物件)」「電気設備の浸水対策ガイドライン・非採用物件(=旧耐水物件)」という見分け方が、普及していくことになるのかもしれません。
すなわち、『新耐震マンション + 新耐水マンション』時代への幕が開く、歴史的転換点を迎えたことになるのです。
最後に「共同住宅における災害発生時のトイレのトラブル例」と題する「漫画」を紹介しましょう。余り知られていないのですが、本当はとても深刻なシーンが描かれています。
(図は、国土交通省水管理・国土保全局下水道部(2017)「災害時のトイレ、どうする?」、から引用)
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細野 透(ほその・とおる)
建築&住宅ジャ─ナリスト。
建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。
著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。