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  • 2020.07.30
NO.319
東京都品川区「大井町」の特徴

下町情緒と山の手が交錯する人気のターミナルタウン

東京都品川区「大井町」の特徴とマンション

 品川区大井町は現在、大井1丁目から大井7丁目の住居表示で示される町域だが、「大井町」という町名は無く、広義では大井町駅周辺の旧荏原郡大井町の南大井・東大井・西大井や、隣接する埋立地の勝島、八潮などを含めて呼称されるエリアだ。

 大井という地名は10世紀に延喜式に現れており、文字通り“大きな井戸”の存在から名付けられたとする説があるが、その証は残っていない。その延喜式には東海道の宿駅名として残る。鎌倉時代に地域はすでに大井郷と呼ばれていたという。
 明治になって町制が施行となり「大井町」となり、1932年(昭和7年)東京(市)に編入、“大井”は町域一帯の冠称となった。1939年(昭和14年)に沿岸が埋め立てられて勝島や八潮が整備された。1964年、東京オリンピックを機に区画整理などで住居表示が実施され、現在にいたる。

JR京浜東北線、東急大井町線、りんかい線

 エリアは品川区の東端にあり、区域東部をJR東海道本線がとおる。が、域内の大井町駅には東海道線の電車は停車せず、JR東日本の電車は京浜東北線だけが停車する。
 大井町駅には前述のJRの京浜東北線のほかに、東急電鉄大井町線、東京臨海高速鉄道りんかい線がそれぞれ乗り入れている。
 駅そのものは、1901年(明治34年)に東海道本線の大井聯絡所として開設。13年後の1914年(大正3年)の京浜線(現在の京浜東北線)の運行開始と同時に、大井町駅に格上げ開業した。2002年にりんかい線が大崎駅~天王洲アイル駅間が開通して大井町駅が地下に誕生した。

 りんかい線は、新木場駅~東京テレポート駅間が1960年代の高度成長期において計画された路線で、東京外環状線を担う鉄道として計画された。臨海部の海底トンネル工事が完成して旧・国鉄貨物線として運用。だたし国鉄時代には新木場~東京貨物ターミナル間を旅客線には使わず、国鉄民営化後は清算事業団が所有していた。その区間を利用して開発が進む有明・台場地区で開催が予定していた世界都市博(青島都知事によって開催中止)に伴う旅客輸送のために開発された。東京貨物ターミナル方面から分岐した東京テレポート~大崎間については新規に工事を実施して、延伸開業となった。

 いっぽうの東急大井町線は、大井町駅から大岡山~自由が丘、二子玉川~川崎市の溝の口駅を走る路線だ。東急電鉄の田園都市線や東横線、目黒線などに乗り換え可能な駅が複数あり、二子玉川駅~溝の口駅間は、田園都市線と正式に呼ぶ複々線区間だ。

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度重なる再開発を受けて変わる街並み

 大井町駅には駅ビル「アトレ」「アトレ2」があり通勤客に便利なSCとして人気がある。西口サイドにはイトーヨーカ堂や阪急大井町ガーデンなど大型の商業施設が集積しており、劇団四季「夏」劇場やキャッツ・シアター(2021年6月閉館予定)などもある。また、2017年に完成した高層マンション、ブリリア大井町ラヴィアンタワーは、大井町西地区第1種市街地再開発事業により建設された複合施設。

 また、2019年7月発表の東京都都市整備局の資料によると、大井1丁目南第1地区第一種市街地再開発事業も進行しており、周辺は駅前商業拠点として整備される。エリアは、東京都が主導する大井町駅周辺再開発構想において、「オフィス・商業エリア・住宅がバランスするエリア」として複合機能と土地高度利用が示されている。いっぽう、エリアは現在、狭隘路が多く、権利が細分化、老朽化木造建築物が密集しており、居住環境改善や防災性の向上が大きな課題だ。
 このような密集市街地や狭隘路を解消し、道の拡幅および災害時の防災活動拠点となるオープンスペースの整備により、市街地環境の改善、防災性向上を図り、業務・商業エリアと居住エリアが融合した安全・安心な市街地環境形成のため、再開発事業を実施。事業主体は住友不動産である。

 また、東急線の駅北側に広がるJR広町社宅跡地と品川区有地からなる、約5万4500平方メートルの広大な広町地区の街づくりについて品川区は2013年から検討、JR東日本は本来なら2020年の東京オリン・パラ終了後の着工を目指していた。が、コロナ禍によって計画に変更が生じる見込みだ。

 それら再開発とは別に、大井町駅から西に徒歩10分の二葉エリアは、低層住宅街が広がる。地元の人々に親しまれる神社や商店街があり、落ち着いた住環境が整う。大型商業施設が集まる「大井町」の利便性も享受できる。周辺には公共施設や教育機関が充実した立地で、品川区の調査では「定住したい」という住民の多いエリアだという。

 いっぽうの東側サイドには、1989年の駅周辺再開発の一環としてできた、公設の複合文化施設である品川区立総合区民会館「きゅりあん」が、大井町駅からペデストリアンデッキで結ばれている。ここにはかつてマルイ大井町店がテナント入居していたが、2007年に撤退。現在はヤマダ電機(LABI)が入居する。このほか西友などの商業施設のほか、駅周囲には小規模飲食店などが立地する。
 また、ペデストリアンデッキ下にはターミナル型の複数のバス停があり、東急と京急バス、都営バスを利用して中目黒や渋谷方面、蒲田方面、お台場方面と多彩な移動が可能だ。また「大井競馬場」や「しながわ水族館」といったレジャースポットへアクセスする無料シャトルバスもある。

多彩な住民サービス

 品川区は、早くから「学校選択制」や「小中一貫教育」に取り組む特別区だ。現在も、通学する小学校はブロック内・中学校はエリアにかかわらず希望選択制が実施される。また、小中一貫校・幼保一元化事業を積極的に推進している。
 加えて、子どもたちを犯罪被害から守るため、近隣セキュリティシステムの導入も進んでおり、小学生を対象にGPS機能付緊急通報装置「まもるっち」を配布する。

 さらに共働き家庭の支援策も同区は後押し、22時まで延長保育が可能な保育園が6カ所、21時まで可能な施設が8カ所、夜間保育は56の保育園で実施している。
 大井町といえば思い出されるのが、作家・村松友視の小説『時代屋の女房』だ。1982年の直木賞受賞作で、1983年に早くも第一作が映画化された。大井町で「時代屋」という屋号の骨董屋を営む35歳の独身男と、そこに現れた真弓という女性の恋の物語だ。映画は松竹の製作・公開で、主演は渡瀬恒彦と夏目雅子だった。監督は森崎東である。
 舞台となった骨董屋「時代屋」は、大井町駅近くの大井三ツ又交差点付近に実在した店で、1990年代に都道拡幅のために広尾に移転した。

 駅近く、再開発から取り残されたかのような、戦後ヤミ市を彷彿とさせる飲み屋街「東小路」の下町情緒と山の手が交錯する街「大井町」を象徴する物語だった。

吉田 恒道

Yoshida Tsunemichi

大学卒業後、ファッション専門誌の編集者を皮切りに、音楽誌、自動車専門誌などの編集者を歴任。その後、複数のライフスタイル誌の編集長を経てフリーに。著書に「シングルモルトの愉しみ方」(学習研究社)がある。

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