細野透の「赤信号・黄信号・青信号」 不定期
細野 透

[第077号]三井不動産グループが『土地の記憶プロジェクト』を始動

2023年07月03日

キーワードは『アップサイクル』

 三井不動産レジデンシャルは先頃、聴き慣れないタイトルを付けた「ニュースリリース」を公表しました。

『アップサイクル』によりその土地固有の記憶を未来へ繋げる
 『土地の記憶プロジェクト』始動
 新たな住まいの付加価値創出へ

 三井不動産レジデンシャルは、『今後分譲する新築物件』において、これまで再利用が困難であったために、「やむを得ず廃棄していた敷地、もしくは既存建物内に存在した物品等」を『アップサイクル』することで、新たな住まいの付加価値を創出する取り組み、名付けて『土地の記憶プロジェクト』を開始いたします。

 当社では長年にわたり商品企画における軸の一つとして、「計画地内の既存の樹木や建物の一部等を保全し再利用したり」、「計画地周辺に所縁のある象徴性の高い物品等を残し、新築計画に取り入れたり」して、『土地の記憶を継承する』よう努力してまいりました。

 今般、環境負荷の低減にも配慮した『アップサイクルの発想』を取り入れ、新たな住まいの付加価値創出を目指すべく、今後分譲する新築物件で順次展開いたします。

 今後も、当社住宅事業のブランドコンセプト「Life-styling × 経年優化」のもと、多様化するニーズに応える商品・サービス を提供することで、「持続可能な社会の実現・SDGs 」への貢献を進めてまいります。

 

◼︎筆者の注意書き
 上記の『アップサイクル』とは、廃棄予定であったものに手を加えて、価値をつけて新しい製品へと生まれ変わらせる手法です。

 別名「クリエイティブ・リユース(創造的再利用)」とも呼ばれていて、素材や形などの特徴を生かし、より良いものへと作り変えることを目指します。

 

『土地の記憶プロジェクト』の先行事例

 三井不動産グループによる『土地の記憶プロジェクト』の先行事例として、「ザ・タワー横浜北仲 (神奈川県横浜市中区) (2020年竣工)」を振り返ることにしましょう。

 

◼︎継承の方法=「つなぐ」
 20世紀初頭、日本が世界一のシルク輸出国となり、大正15年、シルクなどの保管のために赤レンガを纏った倉庫を建築。それから90年もの間、「横浜生糸検査所の壮大な建物群」を偲ぶ希少な遺構として街の歴史を象徴する存在になりました。本物件では、この倉庫を保存・復元し、商業棟として蘇らせます。

 

「土地の記憶」とは何か

 さて、「土地の記憶」という言葉の意味を、より深く調べるために、「Google」で検索してみると、「無印良品・くらしの良品研究所」のウェブサイトに辿り着きました。

 このウェブサイトは、政府広報「地名があらわす災害の歴史」を参考資料として作られています。そして、次のように解説しています ( 画像も同ウェブサイトから引用 )。

◼︎「土地の記憶」(2018年1月31日)
 日本全国津々浦々、どこに行っても土地には名前が付いています。そして、その名前は、かつてその土地がどんな場所だったのかをうかがわせる記憶を宿していることがあります。

 ところが、1962年に「住居表示法」が公布された結果、多くの地名が改変され、土地の記憶が失われました。それゆえに、今回は地名をたどっていくと見えてくる、様々なことに思いを馳せました。

◼︎歴史を刻んだ地名
 東京都の千代田区に「神田駿河台」という町名があります。「駿河」とはいうまでもなく、徳川家康が本拠を置いていた駿河の国(今の静岡県)を意味しています。1616年、家康の死後に2代将軍となった秀忠が、駿河にいた家康の部下たちを呼び寄せて住まわせたことから、一帯が「駿河台」と呼ばれるようになりました。

 そして、東京の中央区に「佃(つくだ)」という町名があります。この地名は、大阪市西淀川区にある「佃」と深い関係があるとされています。


(写真は、佃の風景)

◼︎失われた土地の名
 その一方では、住居表示から姿を消してしまった町名もあります。ファッションの聖地として賑わう「原宿」がその一つです。「原宿駅」「裏原宿」など、呼び名には残っているものの、現在「原宿」という町名自体はこの世に存在しません。

 

 江戸時代の「原宿」は宿場町だったことにちなむ古い地名で、昔は「穏田(おんでん)」や「竹下町」という町名が近くにあったそうです。

 それが東京オリンピック翌年の1965年に、すべて「神宮前」という町名に統合されました。今の原宿駅の住所は「渋谷区神宮前一丁目」となっています。

◼︎災害の記憶を宿す地名
 政府広報「防災」のページに「地名があらわす災害の歴史」が紹介されています。

 たとえば、「浅」「深」「崎」「戸」「門」「田」「谷」などが付いた地名は、海岸線や川の近く、低地、湿地帯などを意味。過去に津波や台風、豪雨等の被害に遭った可能性をうかがわせています。

 また、「蛇」「竜」「龍」などがある地名は、大規模な土砂災害の発生と関連しているケースが多いそうです。

 興味深いのは、一見関係なさそうな「牛」「猿」「鷹」などの動物名が、「過去の災害」を表している場合があることです。この場合、文字そのものではなく「読み方」にヒントが隠れています。

「牛(ウシ)」は「憂し」の意味であり、地滑りや洪水、津波などの被害の記憶をとどめたもの。
「猿(サル)」は「ズレル」の意味で、崖上のすべり地、滑った土地の溜まり場を表します。
「鷹(タカ)」は「滝」の意味で、急傾斜地や崩壊危険区域を示しているそうです。


(写真は、災害の記憶を残す土地の一例)

◼︎地名に仕込まれた「過去の記憶」
 このように地名には、まるで暗号のように、その土地が持つ過去の記憶が仕込まれている場合があります。それは写真もビデオもない時代、大津波や地滑り、崖崩れなどで悲惨な目に遭った人びとが、自ら経験した辛い思いを二度と繰り返させないようにするために、今の私たちへ残してくれたメッセージかもしれません。

 市町村合併や区画整理などで、ひとつ、ふたつと、古い地名が消えています。

 「名は体を表す」という言葉もあります。私たちは今一度、古い地名が持っている意味について考えてみる必要があるのかもしれません。

 

筆者による注記

 三井不動産レジデンシャルは既に、「パークシティ武蔵野桜堤 桜景邸(2013年竣工)」や、「ザ・タワー横浜北仲(神奈川県横浜市中区) (2020年竣工)」等で、『土地の記憶プロジェクト』を始動させています。

 それ故に、今回の「2023年3月29日付・ニュースリリース」のタイトルは、『土地の記憶プロジェクト【始動】』ではなく、『土地の記憶プロジェクト【本格稼働】』とした方が、良かったかもしれません。

 

 

細野 透(ほその・とおる)
建築&住宅ジャ─ナリスト。

建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。