兵庫県宝塚市の特徴を知る
兵庫県「宝塚市」の特徴 ― ニッポンの自治体 ―
「宝塚歌劇団」を擁する、阪神間の移動がし易い閑静な住宅都市
兵庫県宝塚市は兵庫県南東部に位置し、同市域は南北に細長く、住宅地が広がる南部市街地と、豊かな自然に囲まれた北部田園地域で構成されている。
六甲山系と長尾山系に囲まれその間から流れ出る武庫川の扇状堆積地である。
宝塚は阪神間の移動の容易さから大阪や神戸のベッドタウンとして発展。1954年(昭和29年)4月に川辺郡宝塚町と武庫郡良元村が合併して市制施行、宝塚市が発足した。
兵庫県・宝塚市のマンション
2018年に兵庫県・宝塚市で販売された新築マンションの相場価格は3921万円~4848万円だった。中古マンション相場価格は1610万円~4900万円である。
市制施行以来、増加し続けてきた宝塚市の人口は、1995年(平成7年)に阪神淡路大震災の影響を受けて一時減少したが、1996年(平成8年)以降、再び増加傾向を示している。
明治時代から開発が進んだ住宅都市、温泉街
宝塚市は2003年に特例市に指定されており、2019年1月現在、同市の人口は23万4209人で、総世帯数は10万4181世帯である。面積は101.89平方キロメートルだ。
市制施行以来、増加し続けてきた同市の人口は、1995年度(平成7年度)には阪神淡路大震災の影響を受けて一時減少したが、1996年度(平成8年度)以降は、ふたたび増加傾向を示している。
宝塚市域に人々が居住するようになったのは明治期以降で、江戸時代までは、暴れ川「武庫川」の水害を避け、高台の「小浜地区」が「小浜宿」として賑わった。
1887年(明治20年)に温泉が開発され、武庫川右岸が関西の奥座敷として温泉街が発展した。
なお、宝塚市の「塚」の文字表記には、国や県と食い違いがあるようで、国や兵庫県では新字体の「塚」を使っているが、同市では画数が1画多い「_」を使っている。
阪神間北部に位置しており、仁川、逆瀬川、雲雀丘などの閑静な高級住宅街を有する阪神間の住宅都市である。
一時、伊丹市・川西市・猪名川町と合併構想が持ち上がったが、現在、凍結されたままである。
当初は家族で愉しめる娯楽施設として創設した「宝塚歌劇団」発祥の街
宝塚市は、年間877万人もの観光客が訪れる国際観光都市だ。家族が愉しめる娯楽施設として、阪急阪神東宝グループの創始者・小林一三氏が手がけた宝塚歌劇団の本拠地としてもよく知られる。
宝塚歌劇団は阪急電鉄の一部門であり、阪急阪神東宝グループのエンターテイメント・コミュニケーション事業である。しかしながら、運営は別会社扱いではなく、阪急の直営であり、阪急電鉄創遊事業本部歌劇事業部が行なっている。このため、歌劇団員と宝塚音楽学校の学生は、すべて阪急電鉄の正社員である。
1924年に開場した宝塚歌劇場は、3500名収容のまさに大劇場で、1992年まで多くの作品が公開された。現在の歌劇場は宝塚歌劇団専用の劇場であり、1993年に開場した。入場可能客数は2550席である。
一方、安産祈願の中山寺や、かまどの神様として有名な清荒神清澄寺など、市内には歴史ある神社仏閣が数多い。また、日本中央競馬会(JRA)関西の拠点である阪神競馬場やゴルフ場など観光・レジャースポットが多いのも特徴だ。
豊かな自然に囲まれたハイキングコースや、まちなみの散策も魅力的な土地。山本の植木産業は数百年の歴史があり、伝統的植木生産地域、日本の植木三大産地としてその名を全国に知られる。
市内の鉄道網として、市南部地域を中心に阪急宝塚線、JR福知山線が東西に、また阪急今津線が六甲山系の山裾に沿うように南北に走っている。
自動車のインフラ、道路については、主要幹線道路が南部地域を中心に発達。南部 地域には中国自動車道と並行する国道176号線が走り、京阪神と中国地方、山陰地方、を結ぶ重要な幹線となっている。
ただし、北部地域では南部の市街地へアクセスする公共交通機関がバスだけで、自動車が利用できない市民には利便性の低い地域だ。高齢化社会に向けた交通手段の整備が課題となっている。
公開日:2020.01.06著:吉田 恒道